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長野聖火リレー:中国人の妨害・中傷行為(´・ω・)ヒドス

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聖火リレー当日長野でチベット旗振りしますた↓
長野聖火リレーその2:4/26現地レポートはコチラ


長野での聖火リレー当日、かなり酷いと感じたのは中国人による幼稚な
中傷・妨害行為。

特に、チベット旗担いでいる単独行動の人は集団で罵声を浴びせて来ました。
老人だろうが女子供だろうが容赦なし。

酷いものになると、チベット旗を取り上げられたり、中国国旗被せられたり。

たぶん、単独行動していた人は
ほとんど狙われたのではないかと思います。

弱いものを狙ってリンチする集団みたい。

下の動画は、大勢の中国人が1人の老人に罵声を浴びせていますが、
実際、長野聖火リレー当日はこんな光景はあちこちで見られました。
マスコミ報道はされてないケドね。

オレも単独行動中に罵声あびたしな。。。。ヒドス(´・ω・`)


---Free Tibet--- Chinese group shouting at old man.



日本人というのはどちらかといえば、「判官びいき」の人間が多いと思うのですが、
中国人は弱いものに対しては徹底的に叩くんですね・・・・。

この辺が民度の違いであり、中国人が世界に受け入れられない理由の一つにも
なっているように思います(-。-;)

ファイル 215-1.jpg

あ、ちなみに日本の警察はあんまり役に立ちませんww


【聖火リレー 中国人留学生 「ルール守る」実際は“妨害”】

 長野市の北京五輪聖火リレーは、3000~4000人もの中国人留学生が
コース沿道や式典会場を埋めつくすなか、「中国、頑張れ」とのシュプレヒコールが
響き渡った。「ルールを守って応援する」と口々に語った留学生たちだったが、
リレーに注目が集まる一方でチベット人支援者の前にさりげなく立ちはだかるなど、
“妨害”ともとれる行動もかいま見えた。
(中略)

 組織化されたような応援の一方、沿道ではチベット支援者の前をふさぎ、
振り向きざまに「中国はひとつだ」と吐き捨てる中国人留学生の姿も見られた。
ある在日チベット人は沿道で中国人留学生に囲まれ、「うそつき」呼ばわりされたという。

 海外での聖火リレーの中国人留学生の応援をめぐっては「体を使って相手の動きを
封じ込めていいが、暴力は振るわない」などの指南書が参加者に配られた。
中国人留学生たちは「応援は自発的だ」と口をそろえ、チベット問題には「別問題」
と一様に口を閉ざした。ある留学生は「私たちは理性的に愛国心を表現している」
と中国政府と同じ言葉を繰り返した。

 一方、約30人の在日チベット人は支援団体と街頭でアピール活動を実施。
若里公園ではほかの日本人支援者や国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」
も加わり、数百人規模で「チべットに自由を」と訴えた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080427-00000076-san-soci




長野での聖火リレーのマスコミにはほとんど映らなかった抗議行動まとめ動画。

これだけ多くの日本人が参加したんだということをもっと知ってほしいです。


Torch relay 2008 Beijing in Nagano Japan






こっちは、ゴール地点若里公園。
国境なき記者団やアムネスティも加わってシュプレヒコールを続けました。


Free Tibet protests in Nagano torch relay






ところで、聖火リレーに飛び込んだ男性は亡命チベット人2世らしいですね。

なんか、この記事読んだら涙でてきたよ。。。


【「フリーチベット」の叫び届かず亡命2世 泣きながら乱入 聖火リレー】

 ハプニングは突然起きた。JR長野駅や善光寺周辺と比べて、比較的観客の数が
少ないコース中ごろの沿道。「フリーチベット!」。チベットの旗を握りしめた男
がロープをまたいで車道へ飛び出し、聖火ランナーの列に飛び込んだ。警官隊に
取り押さえられ、地面に顔を押さえつけられながらも、「フリーチベット」の
泣き叫ぶような声は消えない。

 男は、台湾に住む亡命チベット人2世の古物商、タシィ・ツゥリンさん(42)。

(中略)

 タシィさんは、中国のチベット侵攻後の1959年、チベットからインドに亡命し、
その地で生まれた。紛争は直接経験していないが、父親の壮絶な体験がタシィさんの
心に刻み込まれている。

 父親は紛争の最中、政治的理由で中国公安当局に拘束され、死刑を宣告された。
しかし執行の前日、一か八か、小さな窓から絶壁に向かって飛び降りて脱走、
一命を取り留めた。その後、夫婦で当時7歳だった兄を連れて2週間かけて、
命からがらヒマラヤ山脈を越えたという。

 「チベット独立は両親の悲願でもある。それを実現するためには、残りすべての
人生を犠牲にする覚悟がある」

 チベット難民として暮らしたインドでは、常に「どこにも所属しないホームレス
のような感じだった」。しかし、ダライ・ラマ14世の言葉に接し、考え方が
変わった。「チベットはチベット人のもの。暴力を使わず、平和的に訴えることで、
私たちの『自由』を取り戻したい」。
(略)

http://sankei.jp.msn.com/sports/other/080426/oth0804261339026-n1.htm